名古屋工業大学図書館報「@Library」

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象と令和

万葉歌人「大伴旅人」は天皇の吉野行幸に随行の折、天皇の命で歌を詠んでいます。

長歌                                    「見吉野之 芳野乃宮者 山可良志 貴有師 水可良思 清有師 天地与 長久 萬代尓 不改将有 行幸之宮」巻三(三一五)

この長歌に添えられた反歌が                         「昔見之 象乃小河乎 今見者 弥清 成尓来鴨巻三(三一六)

象乃小河(象の小川:きさのおがわ)は奈良県吉野川に流れ込んでいる小さな清流。この辺りは万葉人の心を掻き立てる憧憬の地であり

長歌「美しい吉野の風景は貴い。この先もずっと貴いんだろうな。行幸の地は。」                                

反歌「かつて見た象の小川を改めてみると清らかさに磨きがかかっている」

とたたえています。しかしながら、これら巻三(三一五)および巻三(三一六)はなぜか天皇に奏上されず、万葉集には「未だ奏上を経ざる歌」として収められました。

後に旅人は大宰府へ赴任、主催した梅花の宴で招待客と共に歌を詠んでいます。宴で詠まれた三十二首には旅人の序文が寄せられており、その一節から「令和」という元号が日本の古典からの初出典という重要な役割を果たすことになりました。

序文(抜粋)                                                                                                                   「初春令月、気淑風和、梅披鏡前之粉、蘭薫珮後之香巻五(梅花歌三十二首并序)

時あたかも新春の好(よ)き月、空気は美しく風はやわらかに、梅は美女の鏡の前に装う白粉のごとく白く咲き、蘭は身を飾った香の如きかおりをただよわせている」(「令和」考案者とされる中西進さんの著書『萬葉集 全訳注 原文付』より)

万葉集は収録された歌人の身分や環境を問わないのが特徴の一つ          「令和」発表時、当時の首相は次のように語っています。              「この「令和」には、人々が美しく心を寄せ合う中で、文化が生まれ育つ、という意味が込められております。」                          (首相官邸ホームページ『新しい元号「令和」について』より)

令月は正月の別名でもある縁起の良い月。「令和」が新時代の象徴として好発進できるようにとの願いもこめられていますね。

令和の出典が万葉集からと知り、我が家では母の時代が来たね~と大いに盛り上がりました。母の名前は「象乃小河」由来で「象」と書いて「きさ」と読み「象の小川のように美しく清らかに成長してほしい」との願いがこめられました。

改元当時、母は齢90になるまで身内以外で「きさ」と呼んでもらった経験は一度しかありませんでした。両親からの贈り物である「象」という文字に愛着はあるものの周囲の方々から何の躊躇いもなく普通に「きさ」と呼んでもらいたかった母。改元で万葉集にスポットライトが当たることで「象=きさ」までたどり着いてもらえれば母の「きさ」探しも心願成就。

万葉集には約4,500首の歌が収録されています。授業やメディアでよく登場する歌、何かしらの機会に初めて触れた歌。そこには歌と共に時代を生きぬいた人々の生活や願いが自然体で描かれています。万葉集に収録されている歌から好きな文字や一節、ご自身の名前を探しながら悠久の歴史を身近なものとして感じてみてはいかがでしょうか。

※注記                                    梅花の歌の序文の作者として山上憶良説も見受けられます。万葉集は多くの研究者や愛好家によって様々な仮説や解釈が生まれ、時代によって文字の使い方にも変遷がみられます。

名古屋工業大学図書館所蔵

大伴旅人・山上憶良

 高木市之助著 筑摩書房 1972 

    請求記号:911.128||Ta 29  図書ID:1115185

社員一人だけの出版社「万葉社」から万葉集を楽しく読める本が出版されています。名古屋工業大学図書館では所蔵していませんが書店で探してみてはいかがでしょうか。

「愛するよりも愛されたい 令和言葉・奈良弁で訳した万葉集」

「太子の少年  令和言葉・奈良弁で訳した万葉集2」