名古屋工業大学図書館報「@Library」

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また登るために

見た瞬間にそのタイトルに惹きつけられたのが、竹内洋岳さんの『下山の哲学 登るために下る』。どうして「下山」なのだろう。ページをめくると、まさにその問いに答えるかのように、竹内さんの語りは始まります。それははじめから驚きに満ちていて、みるみる引き込まれていきます。

頂上はゴールでも折り返し地点でもありません。(中略)頂上は地形的な最高地点ですが、登山という行為のピークは、かならずしも頂上ではありません。登山をひとつの輪と考えたとき、「登り」と「下り」は一体で、分ける必要もない。「登頂した」と言えるのは、頂上に着いたときではなく、ベースキャンプに帰ってきたときだと考えています。(p.10)

登頂、すなわち山の頂に立つことが登山における成功であり、すべてであるような考えにとらわれていると、ちょっと驚いてしまうというか、意外な言葉に感じます。

登山では「リタイア」ができません。どんなに苦労して登頂しても、あるいは途中であきらめるとしても、かならず自分で下山しなければならない。だから、「降りてくる」という行為は重要で尊いものです。降りてくるからこそ、つぎの登山ができる。下山はつぎの登山への準備であり、助走でもあるのです。(p.11)

下山はおまけではないどころか、次の登山へとつながっているという言葉には、はっとさせられました。これからどんなことが語られていくのか、竹内さんの“哲学”にさらに触れたいという思いと抱いていた期待感が、ますます膨らんでいきました。

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著者である竹内さんはプロの登山家で、8000m峰14座に数えられる山すべてに登頂を果たした日本人初の「14サミッター」です。その軌跡を、下山に焦点を当てて綴られたのが本書です。挑戦の記録という読みものとしても大変読みごたえがあります。

過酷な状況をくぐり抜けて、それこそ命がけで下山する様子を目の当たりにして、またその時々に感じていたこと、思ったこと、そして当時を振り返っての気づきに触れて、心を動かされたり、胸がいっぱいになったり、心臓をきゅっとつかまれたような感覚を覚えたり。考えさせられることも多く、読み進めるにつれて竹内さんの言葉の重みが増してくるのを感じます。

登山でなくとも、誰もが日常や人生においてさまざまな「下り」をいくつも経験すると思います。それはもしかしたら、次の山へ向かうために下っているのかもしれないし、別のステージへ行こうとしているのかもしれない。下りきったら、また新しい世界が見えてくるかもしれない。そんなふうに思うことができたら、その歩みもまた違ったものになるかもしれない。
つらい状況や苦しい過程も、次へつながっている——。
視界が開けた思いがしました。

竹内さんの挑戦する姿に、言葉に、どれほど力をもらったことでしょう。これから先にも何度でも開きたい本にまた1冊、出会うことができました。

 

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竹内洋岳著 太郎次郎社エディタス 2020.11
請求記号:786.1||Ta 67 図書ID:6013095